Vol.3 週末の過ごし方 (前編)


 新緑眩しい初夏の鎌倉を、袖無しのパーカーTシャツにハーフパンツという涼しげな出で立ちで、格はひとりで歩いていた。
 土曜日なので観光客で溢れているが、格のように子供ひとりという姿は他にない。
 もっとも、格としてもひとりでぶらぶらするためにここに来たのではない。今日は、母親の東子とデートなのだ。
 休日の東子は、街中でのショッピングなどよりも自然の多い場所の方を好む。格の父親とも、デートといえばドライブやアウトドアだったようだ。
 横浜に越して来てからは、鎌倉や江ノ島によく行った。横浜港の周辺にも行くが、東子はより野趣溢れるほうが好きらしい。
 わざわざ待ち合わせるのも東子の趣向だ。遠出ならば道中を楽しむのもいいが、近場なのだから待ち合わせの期待感や焦燥感を味わいたいと言う。そんなものかといまいちピンとこないまま東子の望み通りにしてきたが、なるほど、待ち人が雑踏から現れる瞬間が、目的の場所で自分を待つ姿を目にした時の安堵と嬉しさがいい。
 今日の待ち合わせは午後1時。朝、格の起床と入れ違うようにして帰宅した東子は、ひと眠りして後から鎌倉へやって来る。
 格は早い時間に家を出て、ぶらぶらしがてら江ノ電を途中下車し東子の好きな数量限定大福を買いに行った。しかし、思ったより並ばずに済んだので、待ち合わせ場所の鎌倉駅付近でぶらついていようと移動したところだ。
 小町通りを八幡宮方面へ進む。
 今のうちにあたりだけでもつけておこうと店々をのぞいてみるが、神之倉によさそうな土産はなかなか見つからない。
 神之倉が格の想いを受け入れてくれてからふた月以上が過ぎていた。だが、いまだデートもしたことがない。神之倉が忙しいうえに、気軽にそこらを歩き回ることができないからだ。
 だが、これまで組事務所に泊まり込んでいたような時間でも、できるだけ自宅に戻るようにしてくれている。
 格が遠慮してかけられないぶん、時間が空いた時には神之倉から電話をくれる。
 もっと欲張っていいと氷上は言うが、それだけで十分だった。
 先代組長が亡くなってから不安定になっていた組が安定するまでの、あと半年から1年の辛抱だと神之倉は言った。そうすれば、もう少し時間が出来るからと。
 それならば待つまでだ。邪魔をしたくて好きになったわけじゃない。
 けれど、一向にキス以上のことをしてくれないのが不満といえば不満だ。
 なし崩し的に、高校に上がるまでは駄目だと決められてしまった。それならいっそ自分が神之倉を押し倒してやろうかと思った格だが、いかんせん腕力と経験値が違い過ぎる。
 こんな時は、縮まらない年の差を恨めしく思うけれど、どうしようもないことだ。それなら格は、今のまま出来ることを精一杯やるしかない。
 格は、沈みかけた気持ちを引き上げて視線を巡らせた。
 ――と、視界に、はしゃぎ回る子供に衝突された和服姿の女が飛び込んで来た。
 子供の母親らしき女が軽く頭を下げて、子供の手を引いて足早に去って行く。
 立ち尽くしたまま親子を見送った和服の女は、袂から何かを取り出し腿の辺りを拭うような仕草を見せた。
「大丈夫ですか?」
 近付いて声を掛けると、案の定、女の着物の大腿部にはべったりとソフトクリームが付いてしまっていた。
「うわっひでえ…これ見て軽く頭下げただけってどういう神経してんだあの親!」
 格は憤りをそのまま口に出し、背負っていたボディバックを下ろして中を探った。そして、出て来たウェットティッシュを女に差し出す。
「これ、役に立ちますか?」
「どうもありがとう」
 女は、ウェットティッシュを受け取って顔を上げた。
 存外若い。物腰と着物の色調が落ち着いていたので、どこぞのご夫人かと思ったのだが、まだ20代といってもおかしくない肌の若さと滑らかさだ。
 そして、大層な美人だった。
 目鼻立ちが際立って良く、特に目と唇が印象的だ。長い睫毛に縁取られた深い黒瞳は甘くやさしく、形の良い柔らかそうなふっくらとした下唇はいかにも情が深そうだ。それでいて、うなじや指先の風情はむしろスッキリとして、全体の印象は凛然としている。
「? どうかした?」
 惚けている格に、女が小首を傾げた。
「いや、おねーさん美人だな〜と思って」
「あらやだ、嬉しがらせ言ってくれちゃって」
 正直に答えた格に、女は朗らかに笑う。一見しっとりしていそうだが、実はさっぱりタイプのようだ。
「やっぱり拭いただけじゃ駄目みたい。近くに知ってる呉服屋さんがあるからそこでお願いするわ」
「替えの服、大丈夫ですか? さすがに新しい着物買うわけにもいかないでしょ?」
「そうねえ…」
 女は少し考える素振りを見せ、
「駅の前に大型スーパーがあったわよね?」
「え、ハイ」
「とりあえず着替えを買うわ。ね、付き合ってくれる? これのお礼にごちそうさせて」
 ウェットティッシュを掲げて女は微笑んだ。
「約束があるんでお昼は一緒できないけど、それまでなら」
「それじゃあお茶しましょ。私は礼子。君は?」
「いたる」
 どちらにしろ東子との待ち合わせまでぶらぶらしているつもりだったのだ。1人なのは苦でもないが、美人の誘いを断る理由は何もない。
 格は頷いて、礼子と名乗った女と共に駅に向かって歩き出した。

 何点かの候補の中からどれがいいかと尋ねられ、最終的に決めたのは格なのだが、和服姿と全く印象が違うことに格は驚いた。
 大きめに開いたスクエア襟の黒いトップスにオーバーダイのジーンズ。足元は上衣と色を合わせた黒のミュール。ついでにと小さなバッグも買って、先程までしっとりとした和服姿だったとは思えないカジュアルさだ。しかも、和服と同じくらい似合っている。
 スタイルが良いせか、地味ともいえるシンプルさがまったく野暮ったくは見えない。和服姿ほど目は引かないが、すれ違いざまに振り返る男は多かった。その都度、男達は連れの女性に抓られたり叩かれたりしている。
「礼子さんすげえ。別人みたいだ」
 呉服屋に着物を託して再び小町通りを戻る道すがら格は言った。礼子は、背の中程までのロングヘアを揺らして振り返る。
「髪下ろしたから?」
「それだけじゃなくて全然印象違うよ」
「格くんはどっちがいい?」
「着物姿も着慣れてる感じでかっこよかったけど、こっちもいいし――どっちも好きだな」
「ありがとう」
 正直に答えた格に、礼子はくすくすと笑った。
「でもよくナンパされてくれたね、格くん」
「礼子さんみたいな美人に誘われたら断れないってば」
「私が悪い女だったらどうするの」
 平然と言い放った格に、むしろ呆れて礼子は言う。しかし格は、ケロリとして返した。
「目を見ればいい人か悪い人かわかるから。それに俺の勘、滅多に外れないし」
 大人から見ればたかだか12歳の子供の勘など取るに足らないものだろう。けれども格は、こと人間に関する直感だけは外した事がない。
 社会的な善悪でなく、根本的な人間性の善し悪しも、だ。
「でも、単なる堅気の人とは思えないんだよね」
「なあに? 何か言った?」
「なんでもないよ」
 ポツリと呟いた格の言葉が聞き取れなかったらしく礼子は聞き返したが、格は笑って首を振った。
 着慣れた和服姿や凛然とした雰囲気のこともあるが、最前から視界に入ってくるスーツ姿の男達も気になった。誰かを探しているようなのだが、ガラッと変わった印象のせいか、それとも目的は礼子ではないのか、近寄って来る素振りはない。ともあれ、観光地らしくない光景だ。
 もしかしたら目的は自分かもしれないと思いもしたが、男達が現れたのは礼子と知り合ってからだ。試しに素知らぬ顔をして近寄ってみたが、やはり格に興味はなさそうだった。
 神之倉を好きになって、その懐に入れてもらえるようになってから、ある程度の覚悟はして来た。そして、神之倉が格の思いを受け止めてくれた時、覚悟は確固たるものになった。
 神之倉のそばにいれば、手段のひとつとして格が狙われることもあるかもしれない。そんな時、出来る限り足手まといになりたくない。
 格は、古賀沢組に関わり合いのある組とその代紋を教えてくれるよう神之倉に頼んだ。知っていれば、危険を回避するのに役立つかもしれないからだ。
 神之倉は、何も言わずにそれを教えてくれた。余計なことは知らなくてもいいとも、おまえは何もしなくていいとも言わない。共に行けはしなくても、そばに立つことを許してくれたようで、格は嬉しかった。
 ちっぽけな自分を知っている。
 何の力もない、ただの堅気の子供でしかないと解っている。
 だからこそ、自分の足で立っていたかった。今はまだ子供で力になどなれないけれど、守られているだけなのは嫌だった。大事にされるだけのお姫様になりたいわけじゃない。
「格くん? どうしたの?」
 考え込んでいた格に、礼子が問い掛ける。
「あ、ううん、なんでもない。ボーッとしちゃってゴメン」
 格は謝って、脇道に逸れていった思考を元に戻した。
 スーツ姿の男達が襟につけた代紋。
 格の記憶にないそれが、礼子と関わり合いがあるのかどうか。
「悩み事?」
「うーん……あのさ、礼子さん」
 格は少し考えて、最も手っ取り早い方法を取ることにした。
「そこらにチラホラ見えてる悪目立ちしてるスーツのオッサン達って、礼子さんの知り合い?」
「え?」
 言われて、礼子の目が何気なく辺りを探った。その視線の遣り方に、格は確信する。やはり堅気の人ではないようだ。
「参ったなあ」
 歩きながら礼子が溜め息をついた。
「追われてるとかじゃないよね?」
 男達に不穏な空気はないのだが、それじゃあと礼子を残して逃げ出すわけにもいかないので格は尋ねてみた。
「危険はないのよ。でも、出来るなら見つかりたくないわ」
「そのココロは?」
「面倒くさいから」
「ははッ」
 単純明快な礼子の答えに、格は笑ってその手を取った。
「じゃ、とりあえず移動しよ」
 格の不敵なまなざしに、驚いた顔をした礼子の唇も魅惑的な笑みを形作った。

 見事、スーツの男達に見つかることなく通りを抜けた格と礼子は、駅から歩いて15分ほどの甘味処で白玉入りのあんみつに舌鼓を打っていた。
「ここの抹茶白玉大好き」
「東子もここの白玉大好物なんだよな」
「はるこ? 彼女?」
「ううん、母親――って噂をすれば」
 バッグの中から流れて来た音色に格は足元を見下ろした。
「ちょっとごめんね」
 礼子に断りを入れてから、自宅と東子の携帯電話用に設定した着信音を発するそれを屈んで取り出し、通話をオンにして耳に当てる。
『格〜! ごめ〜〜ん!』
 いきなり飛び込んで来たのは、半泣きの謝罪だった。
「なに? どーしたよ?」
『どーしてもヘルプ入ってほしいって連絡があって、行かなきゃならなくなっちゃった…』
「仕事? 東子が断れないって相当大事な客なんだな」
 東子は天職に就いていると自分で言うがワーカホリックのケはなく、いつも休みはしっかり取る。日常あまり一緒にいられない格のためでもあるので、休日出勤など滅多にしなかった。店側もそれをわかっていて、よほどのことがなければ東子に休日の出勤を強要することはない。店にとって、東子は辞められては困るホステスだからだ。
『そーなの。接待みたいでね、是非にって常連さんにも頼まれちゃって』
 つまり、いつも東子を指名するどこぞの企業のお偉いさんが、他会社のお偉いさんの接待のために信頼できる東子を座に置きたいのだろう。さすがに天職だと言い切るだけあって、東子の客は大物が多く、彼らの信頼も篤い。
『せっかく久々のデートだったのにぃ〜』
「仕方ねえじゃん。お客さんが東子じゃなきゃって言うんなら」
 心底残念そうな東子に、格は極力明るく返した。たしかに東子と一緒に出かけるのは久々だったが、店と客の信頼を得てこその要請だ。行かないわけにはいかないだろう。
『ごめんね、待ち合わせにしたのに行けなくて…』
「また来ればいいじゃん。東子の好きな限定大福買って帰るからさ、頑張っといでよ」
『うん。じゃあ行って来るね』
「ん。いってらっしゃい」
 幾分元気を取り戻した声の東子にほっとひと息ついて、格は通話をオフにした。
 そんな格を、礼子が感心したようにまじまじと見つめた。
「今の、ホントにお母さん?」
「そうだよ?」
「ホントに? 彼女じゃなくて?」
「俺、彼女いないもん」
「そうなの? いい男だからモテそうなのにな」
「子供になに言ってんの」
 さも不思議そうに問う礼子に、格は苦笑して返した。まだ“男”と同じ土俵に上がらせてもらえない年齢なのだ。
 しかし礼子は首を横に振って、真顔で格を見つめた。
「そこらの男と比べものにならないくらいイイ男よ? 私と会ってからずっと、いまの電話の会話だってなんだか余裕があるし。本当に12歳なの? 背中にチャックが付いててなんか入ってたりしないわよね? もう、すっごくタイプなんだけど」
「ホントに12歳だよ。チャックも付いてないし」
 礼子の言い様に、格は声を上げて笑った。
「俺も礼子さんすげえタイプだけど、もう俺、全部捧げてる人いるからなあ」
 半ば本気だった。神之倉を知らなかったら、年の差があることを承知で礼子を好きになっただろう。
「あら。彼女いないんじゃなかったの?」
「彼女じゃないから」
「……彼氏?」
「うん」
 少し驚いた風の礼子に、格は率直に答えた。
 けれど本当は、彼氏だとか恋人だとか簡単に言ってしまっていいのかわからない。
 好きな人だと自信を持って言える。恋人かと問われたら頷ける。自分のものだと声高に主張もできる。
 だが、自分の口から恋人ですとはおこがましくて言えない。
 年の差なんて関係ないと散々言ってきた格だが、どうしてもその思いだけが消えなかった。
「どんな人?」
「俺よりずっと年上の、大人の男。俺みたいなガキでいいのかなって不安になるくらい、いい男だよ」
「そうよね。年が離れてるって不安なのよね。でも大丈夫。超えられるわ、年の差なんて」
「自信満々だね?」
「超えてきたもの」
 礼子は断言してニッコリと笑った。
「礼子さんの恋人も年上?」
「私のだんな様よ。34歳年上だったわ」
「34歳!?」
 自分と神之倉より遥かに離れた年齢差に、格は驚いて声を上げた。しかしすぐに、語尾の違和感に気付く。
「…って過去形…?」
「死んじゃったから」
「あ――ごめん…」
「いいのよ。支えてくれる人がたくさんいたからね、もう大丈夫なの」
 そう言う礼子の微笑みは、すべてを乗り越えた強さがある。
「最初はね、なんなのこのロリコンオヤジ!って思ったわよ。私も若かったし、年齢がもう、完全にお父さん世代だものね。でも、そんなことがどうでもよくなっちゃうくらい、いつのまにか私もあの人を好きになってた」
 過去どんなやりとりがあったのかわからないが、辛い思い出ではないようだ。苦笑を浮かべて語る様は懐かしげで楽しそうですらある。
 礼子はテーブルに肘をついて両手を組み合わせ、組んだ指の上に顎を乗せた。
「10年間そばにいられた。幸せだったわ。あの人はもうこの世にいないけど、好きになったことを後悔してないし、いまでもいちばん愛してる。あの人に惚れられたことが私の誇りなの」
「いい男だったんだ?」
「いい男だったわよ」
 さらりとそう言う礼子があまりにきれいで、格は思わず見惚れてしまった。礼子ほどのいい女が惚れた男がどんな人物なのか、とても興味がある。
「礼子さんは、旦那さんとどうやって付き合ってきたの?」
「そうねえ……つい遠慮しちゃいがちだけどね、こっちが無理しておとなしやかに振る舞うよりは、本音を言って振り回してやるくらいがちょうどいいわよ」
「そうなの?」
「わがまま言えない?」
「全然言えないワケじゃないけど、一緒にいたいとかいうのは……ちょっと我慢してる」
 ただでさえ忙しくて責任ある立場にいる男だ。これまで一番長い時間一緒にいたのは半日が限度で、ふたりきりで出掛けたこともない。どこに連れて行けというわけじゃない、ただそばにいるだけでいいから自分のためだけの長い時間が欲しい――そんなことは、格には言えなかった。
「わかるわかる。迷惑かけたくないとか負担になりたくないって思うんでしょ?」
「思う」
「でも、わがまま言ってくれって言われない?」
「……言われる」
 たしかに神之倉には、おまえは物分かりがよすぎると苦笑されることがある。もっとわがままを言っていいと。
 けれど、わがままが全て許されると思えないのだ。現に、許してもらえなかったわがままもある。
「ね、今度正直に一緒にいたいって言ってごらんなさい。絶対言うこと聞いてくれるから、嬉しそうに」
「嬉しいもんなの?」
「その人が格くんにだけ甘えてくれたら嬉しいでしょ? 同じことよ。無理なわがままはもちろんダメだけど、遠慮しすぎても逆に相手の負担になっちゃうし、たまにならいいんじゃない?」
「うん……」
 礼子の言葉で、少し気が軽くなった。
 神之倉が許してくれなかったわがままは、たしかに神之倉に理がある。納得はいかないが、仕方がない。
 それでも神之倉の態度は変わらないし、相変わらず優しくて、格を甘やかしてくれる。1分でも1秒でも長くそばにいたいと、口にしてもいいのかもしれない。
「ねえ、デート駄目になっちゃったなら、このあとフリーよね?」
 ふと、礼子が尋ねた。
「私が代わりじゃ駄目かな?」
「代わりなんてとんでもない! 俺でいいの?」
「格くんがいいわ」
 言い切って微笑んだ礼子に、格も笑い返す。
「ありがと。年上の人と付き合うコツ、もっと教えてくれる?」
「いいわよ。いくらでも」
 礼子はにこやかに、だが不敵に笑った。そんな顔もとてもキレイだと、格は思った。

 数時間のデートを存分に楽しんで、夕暮の中を駅までやって来た。観光客と思しき人々が、次々に改札口をくぐって行く。
「今日はありがとね。とっても楽しかった」
「俺も。なんか、悩み相談までしてもらっちゃって」
 デートの道すがら礼子に伝授された年上の男と付き合うコツは、何かと役に立ちそうだった。
 それにしても気になるのは礼子の素姓だ。天涯孤独だったこと、18歳の時に旦那さんと知り合ったことなどは聞いたが、いま現在の礼子がどういった人種の人間なのか、それがよくわからない。
 自分から明かさないものを深く詮索したがる質ではない格だが、会話を重ねるあいだに礼子と誰かが似ているような気がして来た。顔形ではない。全身から溢れ出る雰囲気といおうか、匂いが――
「あのさ、礼子さん…」
「あ!」
「え?」
「見つかっちゃったかも…」
「えっ」
 格は慌てて視線を巡らせた。
 立ちすくんだ礼子が見つめる先には確かに場にそぐわないスーツ姿の男が二人いて、真っ直ぐこちらにやって来る。
「…仕方ない、おとなしく捕まるか…」
 礼子は苦笑を浮かべて軽く息をつき、男達に向かって一歩踏み出した。
 次の瞬間、格は礼子の手を掴んで走り出していた。


−続−


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